10月7日の早朝、目が覚めてぼんやりしているときでした。胸の奥からじんわりと「私は目立たないことを第一に生まれてきた」という気がしてはっとしました。その思いは体中に広がり、四十五年の人生の伏線回収をしていくようで私は感動しました。そうか、私は目立たないことを何より優先して生きてきたんだ。やっと本来の自分を思い出したという感じです。
今までずっと自分は何なのか、何がしたいのかわからず生きてきました。幼い頃から欲しいものが何もない。唯一の願いは平穏無事という感じです。競争にも名声にも興味がなく、なりたい職業も野心もない。私には何もない。そう思ってきました。
これは憶測ですが、私は過去世の中で人の恨みや妬みを受けて命を落としたことがあるのでしょう。目立つというのは悪感情の的になることだ、人が羨むような地位や暮らしを見せびらかすのは怖いという意識が私には強くあります。人に恨まれず、憎まれず、嫉妬もされないように。侮られたり可哀想と思われるくらいが安全だ。そのためにはまず目立たないこと。私は無意識にそう願い、その通りの選択をして生きてきました。
それで、いいのかな。このままでいいんだろうか。死後後悔したら嫌だな。今の生活には満足しているんだけれど……。などとずっとモヤモヤしていましたが「これでいいんだ!」と今日改めて実感することができました。私は目立たないために生まれてきた。この人生は目立たず生きて、無名のまま死ぬ。それでいい。そう思えて心からスッキリしました。
目立たないというのは自由なことです。誰にも何も言われず、どこへでも行ける。誰も私のことを気にしないし、私のことなんて誰も知らない。私は趣味で話を書いて投稿していたことがありますが、高評価も低評価も欲しくないと思っていました。よみ人しらずに憧れて、作者不明で投稿したいと思ったものです。私の作品は全くバズったことはありませんが、それでいいんだ。無理に閲覧数を伸ばそうとしなくていい。私は私の書きたいように書けばいい。必要な人には届くでしょう。人助けも周りの人に手を貸せば十分で、目立つような華々しい手柄を立てる必要はない。何事も地味に行おうと思います。